真島先生推薦のある食品の「正体」と安倍晴明の誕生に秘められた平将門の「影」

平将門、平将国、安倍晴明について

いつもありがとうございます。
日野です。

今日も余談が長くなりますが・・・平将門、平将国、安倍晴明に一区切りをつけたいと思います。

次回からは真面目に(?)いきたいと思いますので、興味がなければスルーしてください。

少し前に、異説として、安倍晴明は平将門の子、平将国ではないかと紹介しました。

そうだったらおもしろい・・・!!と思うのですが、これを真実というつもりもありませんし、あくまでも歴史のロマンとしてみていただければと思っています。

しかし、みていくと面白いので、今回そのあたりをもう少し見て、区切りとしたいと思います。

そもそも安倍晴明ですが、出生からして謎に包まれていて、前半生もあまりよく分かっていません。

ウィキペディアによれば、こうあります。
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921年(延喜21年)に摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)に生まれたとされる。

また、生地については、奈良県桜井市安倍とする伝承もある。

幼少の頃については確かな記録がないが、陰陽師賀茂忠行・保憲父子に陰陽道を学び、天文道を伝授されたという。

加茂氏の門下生であり、のちに両家は二大陰陽家となる。
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また平将門の子、将国は、平将門の子の中での唯一の生き残りとされていますが、この将国についても、平将門が死んだ後のことはあまりよく分かっていません。

将国について、ウィキペディアではこう記されています。
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新皇を称した父将門が平将門の乱で討たれると、嫡子将国は大叔父の良文に護られ常陸国信田(信太)郡浮島(現・茨城県稲敷市霞ヶ浦)に落ち延び、二代新皇を称して再興を図ったと伝えられるが、戦乱が沈静化した後の足跡は不明である。

その子文国は信田小太郎を称したとも、相馬氏を称したとも伝えられる。

三重県紀北町の有久寺温泉は、将国が神のお告げで発見し、病や傷を癒したと伝えられている。
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平将国のその後が謎に包まれ、安倍晴明の生誕から前半生が謎に包まれている・・・その謎を繋げれば、平将門のその後は、安倍晴明へと繋がっているとみると俄然面白くなってきます。

あくまで珍説奇説のたぐいではありますが。

ただ興味深いことに、安倍晴明の出生にまつわるエピソードには、平将門や将国の故郷が見え隠れするのです・・・。

安倍晴明の誕生にまつまるエピソードも実に不可解な謎に包まれています。

http://fleshwords.web.fc2.com/dt/dt067.htm
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清明の出生地は、和泉国・阿倍野だと言われています。

父・安倍保名は、ある日、山で狩猟に追われている白狐を助けました。

山を出ると、そこにいたのは絶世の美女。
名は葛の葉。
実は、この女は、山で助けた白狐でした。

二人は結婚して、童子丸という子を産みました。

数年、家族は仲睦まじく暮らしていましたが、ある秋、菊のにおいに酔いしれ、母・葛の葉は白狐としての本性をあらわしてしまいました。

葛の葉は、障子に歌を残して、家を去っていきました。
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なんと・・・安倍晴明の母親は白狐だといいます。

このエピソード自体が、安倍晴明の謎をさらに深めていますし、何か臭うのです・・・。

そして葛の葉が残した歌から非常に興味深いことがわかります。

「恋しくば訪ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」

安倍晴明=平将国説とともに以下で上記の歌の謎解きがなされています。
http://fleshwords.web.fc2.com/dt/dt067.htm
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歴史書「大鏡」に次のようなことが書かれています。

花山天皇が退位をしようか迷っていたとき、安倍清明は占いにより、退位を勧めました。

そして、寛和2年(986)6月23日、花山天皇は退位しました。

天皇が退位し、法皇となったあとも安倍清明と花山天皇はやりとりを続けていました。

そんなある日、安倍清明は法皇に「一緒に東国へ行かないか?」と言いました。

陰陽師は天皇で使える職であり、法皇にはもう用がないのに、なぜやりとりを続けていたのだろうか。

なぜ、東国へ行きたがっているのだろうか。

その謎を解くカギは「信太の森の白狐伝説」にあります。

先ほど書いた、清明の母が白狐だという話です。

当時の東国は、平将門の乱が起きたあとでした。

その乱は、平将門が、新皇を名乗り、東国に独立国を作ろうとしたものです。

しかし、将門は天慶3年(940)2月14日に平貞盛と藤原秀郷により殺され、京の都で「さらし首」となりました。

そして、平将門が治めようとしていた東国の常陸国には信太という地名があります。

そう、信太の森の白狐の「信太」です。

しかも、阿倍野だけでなく、ここにも「清明神社」があります。

平将門の息子のうち、殺されずに生き残ったのが一人います。

彼の名は将国。

ここ信太郡に隠れ、信太姓を名乗ったとの記録が残っています。

これらから異説が唱えられます。

安倍清明は大阪(和泉)・阿倍野ではなく、茨城(常陸)・信太の出身で、実は平将門の生き残りの息子である。

彼は信頼できる花山天皇とともに、父親の意を継いで東国に独立国を作ろうとしたのです。

結局、東国へ赴くこと叶いませんでしたが。
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あくまで歴史のロマンとして・・・おもしろいと思います。

その他にも上記のサイトには、平将門は、北斗七星を背にする妙見菩薩を守護神として崇めていたといいますが、安倍晴明も北斗信仰をしており、北極星の神格化である妙見菩薩を崇めていたといいます。

仮に安倍晴明が平将門の子であれば、これも自然なことと思われます。

また、さらし首となった平将門の首は東国へ飛んで行った・・・というエピソードがありますが、これも安倍晴明(平将国)の法力が関わっていたのではないか・・・とする興味深い仮説もあります。

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京の都で「さらし首」になった平将門は、目を閉じることがなく、それどころか、わめき出したという。

3日後には、怪しい光を放ちながら首は東国へ飛んでいったという。
目を閉じることがなく、わめき出したという記述は「平家物語」や「太平記」に見られる。

(中略)

なぜ首が飛んでいったのだろうか。

それは、父の首を見ていた息子・平将国(安倍清明)が、陰陽師の法力を使って飛ばしたのではないだろうか。
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平将国は、生誕も死没も不明とされ、ただ、平将門の乱が940年であることを思えば、その時、青年であったとすれば、安倍晴明の生涯がウィキペディアでは921年2月21日生まれの1005年10月31日死没とありますので、平将門の乱の時、安倍晴明は19歳であったことになり年代的には合致してきます・・・。

平将門の子、平将国は安倍晴明となったのか・・・。

いずれにしても、平将門という人物や安倍晴明については個人的には興味をもっています。

平将門は、どうも自分が新皇となって東国制覇をしようとしたというよりも、周囲の人物によってそそのかされてそのような状況に追い込まれた・・・というものがあったようです。

特に興世王という出自のはっきりしない人物が途中から平将門に近づいていき、「一国の占領だけでも罪は軽くない。同じことならば、坂東諸国を占領すべきである」といった進言で、滅びの道へと向かってしまった・・・というのがあるようです。

父、平将門亡き後、平将国は京都に潜入し、陰陽師、安倍晴明となり、陰陽道を駆使して東国王国を花山天皇とともに目指した・・・その後、賀茂氏にルーツをもつ安倍晴明の遺志を受け継いだ陰陽師たちは、やがて賀茂氏のルーツをもつ徳川家康と怪僧天海(=明智光秀・陰陽師)によって、平将門の怨霊を逆手にとって江戸の都を霊的に守護するネットワークを築き上げた・・・とみれば、歴史の因縁は時代を超えて連綿と続いているのだと思えてきます。

下記サイトから引用してみます。
https://00m.in/7Sf7a
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その後、江戸に転じてきた徳川家康が江戸城を拡張し、この地を治める。
その際、霊的守護のために将門の力を借りたといわれている。

この件に関しては「神社の系譜 なぜそこにあるのか(光文社新書)」に詳しい。

それによると以下のように、将門の首塚をはじめとして、五街道と江戸城の堀の交点のそれぞれに将門の体の一部を奉った神社を配置したという。

首塚(首) 大手門(奥州街道) 神田神社(胴) 神田橋門(日光道) 鳥越神社(手) 浅草橋門(奥州道) 世継稲荷神社(首桶) 田安門(中山道) 筑土八幡神社(足) 牛込門(中山道) 兜神社(兜) 虎ノ門(東海道) 鎧神社(鎧) 四谷門(甲州道)

そしてこの霊的守護をプロデュースしたのが、謎の怪僧・天海である。

実は、この天海は、山崎の合戦の後、逃げ延びた明智光秀と言われている。
勿論、明智光秀も桔梗紋者である。

天海は、将門の怨霊を鎮め、その怨霊を御霊に変える事によって江戸を支配しようとしたのであろうか。
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こういう話はワクワクするのですが、妻に、いきなり実は平将門の子、将国は安倍晴明だったんだよ・・・と言うものだから、はい・・・!?と言われてしまうのです。(‘◇’)ゞ

それはともかく、歴史は異説、珍説などたくさんあるので、本当かどうかはともかくおもしろいものです。

真島康雄先生がおすすめする「ある食品」

余談が長くなりましたが、お客様から今年衝撃を受けた2つのこと・・・というメッセージをいただきました。

このお客様のメッセージから、真島康雄先生のことを教えていただきました。

そして、真島康雄先生がおすすめする「ある食品」についても知ることとなりました。

「ある食品」は、何か隠されたものや秘密の食品ではなく・・・日常に当たり前のようにあるものでした。

なので、正直・・・はじめはピンときませんでした。

ああ・・・それは良く知っているけれど・・・そんなに良いものだったのだ・・・と。

しかし、その重要性を全く分かっていませんでした。
今まで完全に素通りしていました。

たとえて言えば、ずっと同級生として同じクラスにいるどこにでもいるような女の子がいて、全く意識することがなかったのですが、ある時、ふとその女の子をみて、あれ・・・?実は意外にかわいいかも・・・と思ってしまって意識してしまう・・・という感じでしょうか。(-_-;)

全然違いますね・・・。すみません。

そんな筋違いのたとえはどうでもよくて・・・ですね。

ともかく、そのある食品について見ていくと、凄いじゃないの・・・ということに気づきました。

教えていただきありがとうございます。

ということで、引き延ばしすぎだろう・・・と思われていそうなので(汗)、いい加減、その方からのメッセージを掲載させていただきます。

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今年衝撃を受けた事のひとつはDioDiaカードです

災害が多かったので、よくパソコンにタッチして使いました。

理解は難しいのですが、感性では受け入れることができます。

もうひとつは動脈硬化は、薬に頼らなくても自分で治すことができることです。

久留米市で真島消化器クリニックを開業されている真島先生が、十年にわたる研究によって血管のプラークは減らせることを突き止めてくれました。

本当に朗報です。
患者さんから集めたデータを分析されとても説得力があると思います

詳細はホームページを是非ご覧ください。

その中で一番推奨されている食材が寒天です。

九月ごろから甘酒、リンゴのすりおろしなどで食べています。
結構おいしいです。

糸寒天の方は防災食として使うこともできそうですね。

ふたつともいい衝撃なので嬉しく思います。
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ありがとうございます。

DiODiAについては今年2019年2月22日に発売されましたが、本当に多くの方に手に取っていただき、僕にとっても衝撃のアイテムでした。

こんなものがあるんだ・・・という驚きでしたが、多くの方の体験談やメッセージからこれはやはり本物である・・・と感じさせていただきました。

これからも、いろいろな体験が出てくるだろうと思います。

そして、この方のもうひとつの衝撃が動脈硬化は自分で治すことができるということだったといいます。

これもまた、常識ではそんなことはありえないと言われるようなことです。

そして真島康雄先生が最もおすすめするもののひとつが「寒天」だというのです。

先ほども言ったようにはじめはピンときませんでした。

え・・・寒天がそんなに凄いの?という感じでした。

しかし、いろいろと調べていくとこれは凄い・・・と感じて、今は味噌汁に入れたり、サラダにまぜたり、毎日必死こいて食べるようになりました。

寒天といえば、僕は寒天ダイエットというイメージしかなかったのですが、特に下記の鶴見隆史先生の本を読んで、寒天の可能性を感じました。

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腸スッキリ 細切り寒天健康法~ボケや生活習慣病を防いで100歳になってもイキイキ生活! (鶴見隆史)
https://www.amazon.co.jp/dp/4884699661
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また寒天の素晴らしさについては少しずつでも触れたいと思いますが、真島康雄先生も腸内環境を整えるのに非常に良いとおっしゃっています。

腸内細菌が、油を分解し、排出してくれる手伝いをしてくれているようなのです。

ですから血管プラークにもいいのだといいます。

寒天は食物繊維が非常に多いのです。

当たり前だと思われるでしょうが、「食物繊維」が重要なのです。

鶴見先生の書籍のタイトルにもある「糸寒天」というのが、下記の「寒天サラダ」のことです。

糸状の寒天で、水に5分~10分戻していろいろな料理に使っていただけます。
便利です。

粉末やフレーク状の粒の寒天などもありますが、個人的には一番、糸寒天(寒天サラダ)は使いやすいです。

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寒天サラダ 30g
https://treeoflife.shop-pro.jp/?pid=146880981
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粉末寒天20g(4g×5袋)
https://treeoflife.shop-pro.jp/?pid=146881185
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無双本舗 フレーク寒天 30g
https://treeoflife.shop-pro.jp/?pid=147291504
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また使い方なども含めて、寒天については鶴見先生の書籍などから取り上げてみたいと思います。

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

日野

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