春夏秋冬理論
先日は2月3日の節分を経て、2月4日は立春を迎えてある意味、新しい時に移り変わりました。
出入口の法則の教材でもご紹介しているのですが、「春夏秋冬理論」というものがあります。
2003年に、神田昌典さんと來夢さんの共著「なぜ春はこない?」という本が発売されて、その時に手にとって以来、影響を受けている理論です。
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なぜ春は来ない?
http://goo.gl/YuunTv
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人生は12年周期からなるとする「春夏秋冬理論」は、僕自身は人生の「流れ」を見ていくうえで、かなり参考にさせていただいています。
昨年は、このシリーズの最新作が出て集大成的な内容になっていますので、上記よりも、下記を手にとっていただいたほうが、より詳細に書かれていて分かりやすいと思います。
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らせんの法則で人生を成功に導く 春夏秋冬理論
http://goo.gl/hPmlkS
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自分がどの生まれであるのか、そして、今どのような季節にあるか、ということは、以下で簡単に判定できます。生年月日を打ち込むだけです。
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春夏秋冬理論の季節判定
http://lifelogic.asia/check/
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2月4日から季節が変わっています。これから、新たな1年が始まります。
僕自身は、夏の3年目に入りました。
テーマは、「自分の気持ちにふたをせず、勇気をもって解決する」
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自分への挑戦である夏二年目を経て、自分が築き上げた人生において、調和した場所で責任を全うするとき。気がついている問題から目を反らさずに、自己責任をもって望んでいくことが重要。
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ということで、絶対視する必要はありませんが、参考になると思います。簡単な年表を作って自分の季節に当てはめてみると、案外、季節のテーマと、起こる出来事が合致していて、驚くことがあります。
肉体にはバイオリズムがあるように、人生にも流れがあるということを知れば、生き方が非常に楽になりますし、出来事も大局的に長期的に見つめていくことができます。
個人的には非常におすすめです。
ある男の子
以前もメルマガに取り上げたことがある子で、僕のyou tubeを見て、店に来てくれるようになった子で、就職が東京に決まって、4月から東京なのですが、それまでに四国にお遍路に行くということでした。
しかも、ぶっとうしで野宿しながら全部回るというのです。今しかできないし、行ってきますと。すごいなと思いました。
その子が、オーガニッククラブでの話も途中から聞いてくれたのですが、「食べない人たち」という本を少し前に紹介しましたが、その本も読んだというのです。
その子は、5日間の断食も体験し、すでに食べないほうが体の調子が良いということを実感しているといいます。
前からその話は聞いていたのですが、今時珍しい子だと感じました。
そして四柱推命も学んでいるようで、来られたお客様の一人の方がたまたま残っていて、僕とその子とお客様と会話していたら、そのお客様も四柱推命にめちゃくちゃ詳しくて、専門用語をたくさん言って、ふたりで会話をしているのです。
すごいなあと思いました。その大学生の子のことを聞いて、ああ、女の子には手が早いのねと言うと、はい、そうなんです、手が早いのです。とその子。笑
会ったその日から狙いますというのです。
それはともかく・・・その子は、僕の誕生日からも、四柱推命で見ていたみたいで、今されていることは、すごく合っていると思いますといってくれました。四柱推命的には、非常に今の仕事は良いと思いますと。
そして、本を読んでひたすら知識を得ようとする傾向もありますねと言われ、どんどん探求したくなる性質をもっているそうです。
それは自分自身も納得というか、まさにそうで、本もずっと読んでいても飽きないし、本があれば何時間でも過ごせるし、孤独でも、全然孤独を感じない性格でもあるのです。
そして、そういうことを伝えたり教えたりするのも合っていますね、と言われて、ああ、そうなんだ・・・と思うとともに、人は自然に導かれるところへと導かれるのだな、ということを思いました。
その子とのご縁にも感謝であると感じました。
三神
物質の「素」を突き詰めていくと、「超ひも」である、ということが言われていてそこに、「三神」の意志が内包されているのかもしれませんし、そういう意味で言えば、宗教的に聞こえるかもしれませんが、僕たちは初めから、この世界に生まれ出た時に「神(三神)とともにある」ということが言えるのかもしれません。
そんなことを思っていたら、「寿」という漢字が目について気になってきて、ここにも「三」がある・・・と思いました。
気になると、ぼ~っとしながらもその字は何を伝えているのだろうか・・・ということを車の運転をしながらとか、ちょこちょこ考えていました。
そして、ああ、そういうことなのか・・・とまた一人で納得することができました。
漢字破字法からみると、
「寿」=「三」+「ノ」+「寸」
と漢字を分解することができます。
漢字を分解する「漢字破字法」で見ていくと、漢字本来の意味が見えてくる不思議があります。
これはシンプルに読み解いていけば、「三」とは、「三神」を示唆して、「ノ」は「の」とみて
「三」「ノ」「寸」と見ることもできますが、この「ノ」、上から斜め下へと流れる様ですので、生命の稲光のようなものとみることもできます。
確かどこかの本で「ノ」とか「血」の上のチョンは、生命とか光を象徴すると見た覚えがあります。
そして、「寸」とは「寸法」というように、「枠」や「囲い」があることを示唆します。
たとえば、「寺」は「土」+「寸」ですが、大地の寸法、大地の囲いで、そこが神域であることを象徴的に表していると見ることができ、もっと言えば、地球全土を象徴的に表すとみることもできます。
「寺」=「テラ」となり、テラ=地球全土という意味もあるようです。
テラ(terra)は、土地や陸地を意味するラテン語で、土という意味もあるといいます。
話がそれましたが、「寸」の意味とは
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1 尺貫法の長さの単位。1寸は1尺の10分の1で、約3.03センチ。
2 長さ。寸法。「―足らず」
3 ごく短いこと。また、ごく少ないこと。
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驚いたのは、一寸とは、33分の1メートルと、日本では決められたということです。
ここでも「三三」という数字が出てきます。
「三」+「ノ」+「寸」で「ノ」を「の」とみれば、三神の枠となり、「三神の定めた枠」で
「寿命」で、「三神の定めた命」とみることができます。
「ノ」を「生命の光」と見れば、三神(三)の生命の光(ノ)を受けた枠(寸)となり、「寿命」で三神から生命の光を授けられた命の枠、という意味になるのかもしれません。
「寿命」とは「寿命」=「ジュミョウ」=「受命」でもあり、まさに天から「受けた(いただいた)」命なのでしょう。
僕たちが受けた寿命は、「寸」つまり「枠」があり、三神(天)に定められたものであり、その定められた命は、最初から最後まで「三神」のご加護のもとにある、ということを言っているのだと思いますし、それは、誰一人例外なく、神に祝福(言祝・ことほぎ)された命のはずです。
「寿」の語源を調べてみると、「言祝(ことほぎ)」からきていりることがわかるからです。
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【意味】ことぶきとは、めでたいこと。またその祝いや祝いの言葉。長命。長寿。
平安時代以降、「ことほく」から「寿ぐ・言祝ぐ(ことほぐ)」や「寿く(ことぶく)」とも言うようになり、「ことぶく」の連用形が名詞化して「ことぶき」になった。
「ほく」は「祝福する」意味の動詞であるが、「祈って幸福を招く」といった意味が強く、「ことほき」も言葉によって幸福を招き入れる、言葉によって現実をあやつるといった、日本古来の言霊思想が反映された言葉であった。
その後、「ことほき(ことぶき)」は「言葉で祝うこと」、「祝い事」「祝いの品」、さらに「長寿」と意味が広がり、言葉で祝うことに限らず広い意味で「ことぶき」は「祝い」を表す言葉になった。
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なるほど・・・と思ったのですが、言葉で祝うことが「寿」の語源なのですね。
「ことほぎ」が語源で、「ことほぎ」は「言祝」であり「言」で「祝う」ということ。
となると、「言」というのは、聖書で見れば明白なのですが、結論をいえば、「言」=「神」であり、もともと「言」とは神の言を示します。
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「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」(ヨハネによる福音書 第1章1節~5節)
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このように見ていくと、言とは「神の言」であり、言祝(ことほぎ)とは、神の祝福を意味します。
「言祝(ことほぎ)」=「神の祝福」=「寿」
ここから、「寿命」とは「神の祝福をうけた命」と見ることができるように思います。
「寿命」とは、ある意味、生まれる前から個々に定められたものであり、最初から最後まで三神とともにある・・・ということは、何も不安や恐れを抱くことなく、生まれてきたことこそが祝福なのですからそのいただいた命を、めいっぱい使わせていただくことが、天へのご恩返しになるのではないか・・・そのようなことを、書きながら感じました。
かなりマニアックな考察となってしまいましたが、こんなことは誰も言っていないと思いますので(汗)僕の脳内の妄想であると、半分思ってください。
ただ、漢字はシンプルに読み解いていけば、案外本質が見えてくる・・・ということを感じています。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございます。
日野
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