排毒
先日は昼間、鼻水がけっこう出て、夜も鼻水が出てきて、少し寒気がして、ちょっと風邪っぽくなりました。
時々こういう事があり、自然に体内の排毒をしてくれているのだと思いますが、妻にそのことを言ったら、「板藍根飲む?」と言ってくれたので、「うん」と言って、入れてもらいました。
そして、水素カプセルを2粒と、酵素レモン炭酸を飲んで寝ましたが、朝起きたらすっきりとしていました。
妻にも感謝です。
鼻水も、咳なども、体から出てくるものは、すべて基本的には「排毒」です。
それを薬で抑えるというのは、出ていこうとする毒素を押し込めることになりますので、一時的に毒素が出てくる間は、痛みが出たり不快な感じになったり、気持ち悪くなったりしますが、それも「排毒」の期間ですので、ある程度出しきってしまえば、体も楽になっていくのを実感します。
肌を育てる酵素
実際に、手荒れがひどくて、何をしても治らなかった方が、これを使い出してから手荒れが、数ヶ月できれいになってしまったという体験もあります。
僕自身も、昨年後半から、自分で試してと思って毎日のように使用してきたのですが、冬場、肌が乾燥してしまうこともあったのが、これを使っていると、そのようなこともなく、また顔を洗う感じで使っていたら、お肌もつるつるになってきた感じがして、とても気に入っています。
実際にアトピー・アレルギーで悩んでいる方にも喜んでいただいていますので、またご紹介したいと思います。
初めは、動物のアレルギーに臨床的なデータをとるために使っていたのですが、動物の肌がきれいになっていくのはもちろん、動物を洗う人たちの手荒れが良くなったり、肌がきれいになったりしていくことで、人にも使えるということで、入浴剤として発売されました。
また購入された方には、使い方の紙は同封させていただきますが、お風呂に使うと20回分ですが、洗面器に入れて使ったり、スプレーでも使えますので、そのように使っていけば、300回分使えるのでお得でもあります。
また、きちんとご紹介しますが、乾燥肌、手荒れ、皮膚の疾患などにお悩みの方には、非常に喜ばれているものです。
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肌を育てる酵素
http://treeoflife.shop-pro.jp/?pid=93413597
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三
「素」や「寿」という漢字に「三」が含まれていることから、一度気になると、他の漢字に含まれる「三」も気になるものです。
前回だったか、商品を使って体験が出る方というのは、非常に「素直」であるということをお伝えさせていただきました。
「素直」とは、思考に余計な障害がないので、ダイレクトに自分以外のエネルギーを受けることができて、それが結果に出るのだと思います。
そのことが、「素直」の「素」という漢字からも分かるなあということを思いました。
「素」=「三」+「│」+「糸」
「素」とは「三神」と繋がる「超ひも(物質の最小単位)」とみれば、その三神のエネルギーが宿るエネルギーをダイレクト(直に)に受け取ることができる・・・それが「素直」なのだと思います。
「三」というキーワードから、今まで見えなかったものが見えてくる、そのように思います。
同じものをみていても、以前は見えなかった部分が見えてくる。そのようなことは、案外いろいろとあります。
「三」というのは、いろいろと言葉でも使われていて、「仏の顔も三度まで」「二度あることは三度ある」「万歳三唱」「三羽烏」「石の上にも三年」「三度目の正直」「三日坊主」「七五三」「三位一体」「三人寄れば文殊の知恵」「三三九度」・・・
このように日本という国は「三」が、かなり重要視されていることが分かります。
先日も「生」という漢字にも、「三」が含まれている・・・と思いました。
「生」の「ノ(チョン)」の部分は、これは、以前「生命」「光」と言いましたが、ずばり「神(神の光)」という意味もあると思います。
○の中心に点があるものが、「丸チョン」と言ったりして、「日月神示」などにもかなり頻繁に出てくるのですが、これは、ずばり「神そのもの」の意を示します。
表記できませんが、「○」の中心の点(チョン)が、神を表すのです。
下記の図がまさにそうなのです。
http://blog-imgs-49.fc2.com/2/2/8/2288010/maruchon.png
ここには、実はさらに深い意味と繋がりもあるのですが、「生」の第一画目の「チョン」は、「神の光」の意を表すとすれば
「生」とは三神(三)で、縦軸「│」が、天地をつなぐことであり、これは、もっと言えば、天(神)と、地に存在する「人」をつなぐものであり
「三神(三)」を通じて天から人へと貫く(│)神の光(ノ)が宿ること、それが「生まれる」ことであり「生きる」こと。
そのような意味が「生」には込められているのではないか・・・と勝手に妄想をしています。汗
ただ「生きること」「生まれる」こと自体が、「三神」に包まれて、生まれ生きていることを示唆している、そのように思います。
「産」という漢字も、「生」が含まれていますし、「三」が含まれていますし、「三」=「さん」=「産」という音からも繋がります。
また「産」=「参」でもあり、神社の「参道」は「産道」にも通じます。
「参」にも、「三」が斜めに含まれていますし、「参拝」とは「三拝」だといいましたが、「参」自体に「三神」の「三」が含まれています。
「参」という漢字も分解すると、非常に興味深い意味が見えてくるように思います。
そのように見ていくと、適当に漢字は作られたというよりは、漢字自体が、かなり深い意味を内包していますし、すでに存在していた漢字にさらに深みを加えたのが、秦氏などの集団であったのだと思います。
「三」という漢字や言葉が、これだけ日本に浸透しているということで、特に「生」「寿」「素」「産」といった漢字に「三」がそれとなく含まれていることを見れば、僕たちは、生まれてきたこと自体が、三神の祝福のもとに生まれてきたのだというメッセージが、誰が見ても分かるように、示してくれているのではないかと思います。
先日も運転中に、手を動かして「生」や「産」という字を書いてぶつぶつ言っていたら、横に座っていた妻が、何・・・?
と聞くので、ああ、「生まれる」「産む」という漢字に、「三」が含まれていることに気がついてね・・・と言ったら、
「ひ~ちゃんが考えたの?」と聞かれたので(妻には、ひ~ちゃんと呼ばれています。笑)
いや、僕が考えたのではなく、そういうメッセージが漢字にはあるということだね、といったことを答えました。
おそらく学問的に見たら、まったく問題外という考えであろうと思いますが
そういうお遊び的な思考、駄洒落、何気なく伝わる風習、童謡などに重要な事が何気なく込められているのではないか、そのように感じます。
長くなりましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
日野
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