上村会長講演会での「発酵」の凄さと謎に包まれたギョベクリ・テペ遺跡の神秘
いつもありがとうございます。
日野です。
先日は水の子、上村会長に来ていただき、講演会を店のオーガニッククラブでさせていただきました。
いろいろとお話を聞かせていただき、僕自身大変学びになりました。
さわやかリーモの開発の経緯についても、改めて聞かせていただきましたが、7年以上の歳月の中で、あきらめたこともあった・・・という、話を聞いてその苦労を改めて感じました。
医薬部外品の認可が何度申請しても降りずに、これは、もう発売は無理だ・・・となり、今までありがとうございました・・・というメッセージを、上村会長は関わった方たちに送ったそうです。
しかしあきらめたその後で、今まで頑なに通らなかった認可が、なぜか突如降りて、そのおかげで首の皮一枚繋がって、さわやかリーモの発売にまでこぎつけることができたそうです。
善と悪それぞれが必要な理由
上村会長や関係者の方が、全力で事に当たっていたからこその結果であると思いました。
「人事を尽くして天命を待つ」ということを体現してくださり、そのおかげで、今こうしてご縁ある方に、さわやかリーモシリーズをお届けできるようになり、たくさんの方から歯の悩みに対しての喜びの声を、いただけるようになりました。
これからも、多くの必要としている人に、広がっていくことを思うと、嬉しい気持ちになりますし、僕自身もしっかりと伝えていきたいと思いました。
歯周病対策はいつも言うように、生活習慣病などの元になっているとさえ言われています。
ですから、今までもお伝えしていたように、国としてもこの現状を何とかしたいと、製薬会社などに、歯周病を治す歯磨き剤を、開発するように要請がいっているそうです。
しかし、ここには落とし穴があり、歯周病菌を何とか殺そうという発想なので、どんどん化学的な薬が増量されたり、より強い薬を使おうとなっていってしまうのです。
これでは本末転倒であり、歯周病菌はたとえ殺せたとしても、人体が被害を被る可能性が、一段と高まってしまいます。
上村会長はこのことにも危惧を抱いていて、こういったものを使い続けると、長期的にみれば胃腸がやられてしまう可能性があると言います。
悪を徹底的に根絶するという「正義」の意識が時に過剰になると、これはある意味怖いものがあります。
正義とは自分の立場からは正義であっても、逆から見れば「悪」となることもあります。
そして相手を攻撃する加害者になっていくことにもなりかねないのです。
善悪を統合した、俯瞰した視点からみていかなければ、根本的には物事は解決しないように思います。
人体の善玉菌と悪玉菌も、それぞれ必要があって存在しているのであり、大切なのはバランスです。
上村会長もおっしゃっていましたが、悪玉菌をゼロにして善玉菌だけに仮になったとしても、それは人間は死の方向へと向かうそうです。
善玉菌だけになったら、今度は善玉菌が仕事をしなくなるそうです。
実際には、完全に滅菌した場合、無防備な状態になりますので、その後すぐに悪玉菌が一斉に繁殖しだすといいます。
そのあと、善玉菌がやってきますので、悪玉菌が優位になる環境がどうしても出来やすいといいます。
ですから、今の薬で滅菌していくという考え方では、全くと言っていいほど解決はしないということになります。
上村会長講演会での「発酵」の凄さ
そのなかで、さわやかリーモシリーズがなぜ良いのかということですが、これも初めは良く分からなかったそうです。
前にも触れましたがヒノキチオールやオタネニンジン、アロエエキス、ドクダミ、レモンといった天然成分が使われていますが、これらの成分で、歯周病が治ったとか、口内炎が治ったといった体験談が、どうしてでるのかが分からないと。
しかし、上村会長は有機農業を40年以上されてきた中で、有機農業は「発酵農業」であることを体感しておられて、このさわやかリーモの効果の秘密に、「発酵」が関わっているということに気づかれます。
というのも、このさわやかリーモに使われている水が、まさに「発酵する水」であったからです。
さわやかリーモを作ってくださっているメーカーさんの、先代の社長さんが初めは天然の防腐剤をつくろうと、奮闘されていたそうですが、結局出来なかったといいます。
しかし、腐らない水が出来た・・・といい、その水が、この前ご紹介した11年前のクリップをつけておくと、水も腐っていないし、クリップも錆びていないという水です。
この水に野菜や果物を入れておくと、それらが発酵していくのだそうです。
発酵とは「ない」ものから「有用なもの」を生み出すことをいい、発酵によって生み出される成分によって、今回のさわやかリーモも、さまざまな体験が出ているのではないかと指摘されています。
つまりさわやかリーモに含まれる天然の植物エキスが、腐らない水によって「発酵」して、それらの植物成分から新たな成分が生み出されることによって、とてつもない力を発揮しているのだといいます。
それが何かは分かりませんとおっしゃっていましたが、発酵の力であることは間違いないでしょうということなのです。
そのように見ていくと発酵には、当然ながら微生物が関わっているでしょうし、「微生物」の力も大切にしているからこそ、このさわやかリーモシリーズが、多くの人に喜んでいただいているのだと思います。
僕たちは微生物とともに生きている
その微生物を化学的な薬はすべて殺してしまいます。
農業も化学肥料や農薬によって土の微生物が全滅してしまいますし、同じ野菜でも農薬を使ったものと使わないものでは、全く違った生命力、エネルギーになってしまっているのだと思います。
やはりどこかでそういったことに気が付かないと、薬や化学的なものが溢れている現代において、抗菌、滅菌ばかりしている人体が、健康体になっていけるはずがありません。
僕たちは微生物とともに生きているということを、今一度思い出すことが大切になってくると感じます。
教科書で学んだことは、本当にそうであるのか?
話は変わって・・・奈良の明日香村などに行ってきたことに何度か触れましたが、明日香村の石造物は、超古代アスカ文明の遺跡であろう・・・というのがひとつの結論です。
アカデミズムは飛鳥時代の産物であると見ているようですが、実際、素直な目で見ていくとそうではなく、もっと前の遺跡だとみることができると思います。
年代的に言えば、ノアの大洪水が聖書学的には約4500年前とされますので、それ以前の文明となります。
エジプトギザのピラミッドやスフィンクスも、クフ王の時代ではなくノアの大洪水以前の遺跡の可能性が、極めて高いことが分かってきています。
僕たちは四大文明が文明の始まりだと教科書で学びましたが、本当にそうであるのか・・・もう一度見直していく必要があると思います。
謎に包まれたギョベクリ・テペ遺跡の神秘
そして近年、これまた今までの常識を覆すような遺跡が発掘されており、未だに謎に包まれた遺跡があります。
それがシリアとイラク国境に近いトルコ東南部に位置する「ギョベクリテペ遺跡」です。
舌を噛みそうな名前ですが(汗)下記が遺跡の写真です。
ここは年代測定法ではじき出された年代が、推定約12000年前と言われます。
日本では縄文時代とされる年代です。
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ギョベクリテペ 説明がつかない1万2千年前の構造物
https://matome.naver.jp/odai/2147361845047017201
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少し引用してみます。
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ギョベクリテペはトルコ南東部の小高い丘の上にある。
拠点となる町はシャンリ・ウルファ。
そこから北東へ約15キロの赤い大地にギョベクリテペの遺跡は埋もれていた。
1963年、イスタンブール大学とシカゴ大学の合同調査で、ここに遺跡があることが判る。
しかし発掘作業がドイツの考古学者の協力で、始まったのは1995年のことだった。
2006年にドイツの有名な雑誌「シュピーゲル」および「GEO」に、ギョベクリテペの詳しい記述が載る。
これによって世界中に知られるようになり、2007年からドイツの考古学者指導の下に、本格的に発掘が行われた。
調査の結果、直径20~30mほどの円形や楕円形に、石を積み上げた建造物が発見され、人々が祈りを捧げていた神殿であることが判明。
それは紀元前1万年頃に建設されたものであり、これまでマルタ島の巨石神殿が、世界最古の神殿とされていた説が覆される。
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一言でいえばこのギョベクリテペ遺跡は、「祈りを捧げる神殿」であるという結論になるそうです。
不思議なことに、この遺跡には人が住んだ形跡が見当たらなければ、墓や人骨などの形跡も皆無なのです。
まさにこの場は、宗教施設的な施設だと言え、人々がここをメッカとして、周囲から集ってきていたかのような様相を呈しています。
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一番古い文明と思われていた、メソポタミア文明よりも7千年も古い巨大な文明。
巨大なストーンサークル。
これほど進んだ古代文明は他にない。
何故か石を削る道具が全く見つからない。農業器具も。
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またこうも言われています。
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現代の考古学的発見としては最も驚異的なものです。
また、地球上で最古の高度な文明であると考えられている。
ドイツの考古学チームが1994年に発見した。
精巧な石細工。現代の最高の発見。
13年間かけて掘った部分はまだ全体の5%にすぎない。
広い範囲の進んだ文明があった筈。
19ft(約5.7メートル)で15トンの柱。
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驚異的です。
巨大な「石造物」がいくつも見られるといいます。
そして調査した人たちの頭を悩ませるのが「文明よりも以前に宗教が存在していた」ということです。
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もう一つ、定説を覆す事実がある。
これまで宗教というものは、人間が農耕生活を始めて定住したときに生まれたと考えられていた。
ところがギョベクリテペには人々が住んだ形跡がない。
年代から考察しても人々がまだ狩りをして、暮していた時代に神殿が作られているのだ。
このことは農耕という最初の文明以前に宗教があったことを物語っている。
現在も発掘調査は絶え間なく続けられ、現場では土埃が上がっている。
周りを見渡すと、赤い岩肌に生えているのは、オリーブの木だけ。
ギョベクリGoebekli とは太鼓腹、テペTepeは丘のこと。
遠くからはポッコリ膨らんだ丘に見えるのであろう。
今から1万2000年という想像もつかない大昔に、人々はこの丘で何を信じ、何を祈ったのであろうか。
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このように、ギョベクリテペ遺跡は謎に包まれています。
しかし、ひとつ言えるとすれば年代から見ても、ノアの大洪水以前の遺跡であることは間違いなく、このギョベクリテペ遺跡と、超古代アスカ文明はおそらく密接に繋がってくるということです。
一説では、聖書のエデンの園ではないか・・・という説も飛び出しているそうですが、長くなってしまったので、次回、このギョベクリテペ遺跡の、正体に迫ってみたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
日野
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