獣が支配する四十二か月と「君の名は。」妄想談義・特別編「午後三時」

獣が支配する四十二か月と「君の名は。」妄想談義・特別編「午後三時」

いつもありがとうございます。
日野です。

まずは、CMCペンダントC型をお待たせしている方が大変多くて、本当に申し訳ございません。

先日、メーカーさんに確認しましたところ、来週にはお届けできると思いますというお返事でした。

予定よりもかなり延びてしまいまして本当にすみません。
今しばらくお待ちください。

久しぶりのYou Tubeの音声動画です

先日と今日、久しぶりに・・・You Tubeの音声動画ですがアップしました(‘◇’)ゞ

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ご無沙汰しております。近況報告かねて(4分45秒)
https://www.youtube.com/watch?v=amvUoTxIhTU
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漢字と聖書 漢字破字法「船」(5分33秒)
https://www.youtube.com/watch?v=kXAR4Fg10Ls
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間隔があいてしまったのは、店とメルマガで手いっぱいであったというのが正直なところなのですが、今後、少しずつにはなると思いますが、動画もあげていきたいと思います。

獣が支配する四十二か月

前回、終末の「印」について述べましたが、2020年代後半くらいから、時代は大きく変わっていくであろうと思われます。

すでにその兆候はいくつも出てきているように思いますし、今回の新型コロナウイルスも、実に象徴的な「印」だと思います。

今後、どこかのタイミングで世界統一政府の樹立が成され、獣や偽預言者の登場が登場してきます。

そのときが日月神示でいう「正念場」、聖書でいう「大患難時代」が始まるひとつの目安となります。

以前も触れましたが、聖書の大患難時代は約7年間とされていますが、非常に興味深いことに、日月神示にも同じような記述があります。

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三年と半年、半年と三年であるぞ、その間はクラヤミ時代、火をともしても暗いのであるぞ。
(日月神示 扶桑之巻 第6帖)
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この三年と半年、半年と三年は合計すると七年となりますから、聖書で言われる大患難時代と符合し、その七年間は、火をともしても暗いというほど厳しい時代になるようです。

また「三年半」+「三年半」というのも、聖書と見事に対応していて、患難時代の最初の三年半は、聖所が異邦人に踏みにじられるが「ふたりの証人」が現れて、約3年半預言することが記されています。

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聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。
それを測ってはならない。
そこは異邦人に与えられた所だから。
彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。

そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう。
(ヨハネの黙示録第11章3節)
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しかし、「ふたりの証人」は、やがて獣に殺されます。

その後、獣は自らを「神」と宣言し、世界を完全に支配していきます。

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この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。

そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。

そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。

(ヨハネの黙示録第13章5~8節)
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四十二か月とは、「三年半」になります。

小羊のいのちの書に名をしるされいない大半の人たちは、獣を崇拝します。

完全なる独裁的支配になることが預言されています。

ヨハネの黙示録は非常に難解だと言われ時間軸も、時系列ではなく過去と未来をいったり来たりして、さらには、未来と今を同時に象徴する両義預言的な場面もあり、こんがらかってきます。汗

ヨハネは、この預言を後の世に残すために、あえて難解にし抽象的にして、真意を封じ込めていきました。

日本の「竹内文書」が荒唐無稽な話の中に真実を織り込んでいき、後世に残したのと似ていますが、竹内文書には、イエス・キリストが十字架上で死なずに渡来したと記され、ゴルゴダの丘で処刑されたのは、弟のイスキリという説を、山根キクという竹内文書の信奉者が鵜呑みにしてしまい、「光は東方より」といった書籍を著します。

しかし、真実と虚偽が元々入り混じっているので、この説を鵜呑みにするのは危険です。

前にも少し触れましたが、確かにイエス・キリストは日本を訪れていますが、人として生きている間、日本に来たわけではありません。

いずれにしても、ヨハネの黙示録も、後世に残すためにあえて抽象的に難解なものとなっています。

さまざまな経緯があったようですが、弾圧されたり、偽書扱いされたりすることになく、何とか聖書の正典として最後に収録されました。

そして、ヨハネの黙示録はその描写が非常に厳しいものがあることから恐い、というイメージがあるかもしれませんが、よく見ていけば、それは終末の果ての「光」という、希望があることを僕たちに伝えてくれていると思います。

足のポンプ作用「ミルキングアクション」

下半身の筋肉や血液を動かすということの大切さをここ最近見ていっていますが、特に足の「ふくらはぎ」は重要です。

下記、引用させていただきます。
https://www.zen-hd.co.jp/zen_club/?p=3556
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「第二の心臓」を活性化し、「むくみ」や「冷え」を改善しよう!

さて、「足(ふくらはぎ)は第二の心臓」といわれていますが、ご存知でしょうか?

血液は、心臓のポンプ作用によって、全身に必要な栄養や酸素を届けます。

そして、二酸化炭素と老廃物を受け取った血液は静脈を通って、再び心臓の方に戻ってきます。

上半身の血流は正常に動きやすいのですが、下半身は血流が下りやすく(重力)登りにくいのです。

そこでふくらはぎの筋肉がポンプとなり、心臓へ再び血流を流すという役割をしているのです。

足の筋肉は収縮や弛緩を何度も繰り返すことで、血管を圧迫して心臓に戻ろうとする血液を、スムーズに上に押し上げます。

この足のポンプ作用の事を、【ミルキングアクション】と呼んでいます。

牛の乳を絞るような感じで、足の筋肉が絞られるように血液を上へ上へと押し出します。

人の身体の筋肉量のおよそ3分の2は、足に集中していまして特に、ミルキングアクションにとって、大切になるのがふくらはぎの筋肉になります。

そのため、ふくらはぎの筋肉を動かす運動を普段から行っていれば、血液の循環も自然とよくなり、第二の心臓として十分な働きをしてくれます。
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ふくらはぎを軽くマッサージしたりということも良いと思いますが、「あしふみ健康器具」は足を載せて、貧乏ゆすりをするだけで、第二の心臓といわれるふくらはぎを効率的に動かすことができ、血流とリンパの流れを促し健康維持・改善に役立ちます。

とにかくお手軽です。
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あしふみ健康ライフシリーズ
https://treeoflife.shop-pro.jp/?mode=srh&cid=&keyword=%A4%A2%A4%B7%A4%D5%A4%DF%B7%F2%B9%AF
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「君の名は。」妄想談義・特別編「午後三時」

ここからは、「コロナ」=「君」から「君の名は。」の妄想談義ですが、今回は、簡潔にみたいと思います。

前回は「御菓子」について見てみました。

生命の樹(=橘)に関わる田道間守が、「御菓子」の祖であるというのも面白いものがあります。

「菓」=「艸(草冠)」+「田」+「木」

「艸」=「植物」「田」=「エデンの園」「木」=「生命の樹」。
「子」=「一(始まり)」+「了(終わり)」

となり、「御菓子」とは「神から与えられた人類に示される最初と終わりに示されるエデンの園に生える生命の樹」!!
もしくは、「子」(一+了)とはイエス・キリストであり、絶対的な神の象徴から「御菓子」は「菓」を除くと「御子」となり、イエス・キリストを象徴します。

「菓」は「草冠」が「艸」で、イエス・キリストが被らされた「茨の冠(艸)」を象徴すると以前言いました。

「田」は「□(〇)」+「十」となり「〇十」で「阿吽」となり「完全なるもの」

「木」は、「十」+「人」と分解もできますので「十字架」に架かる「人」となり、「菓」は「茨の冠を被った完全なる人が十字架につく」すなわち「御菓子」とは、「神の御子、イエス・キリストの十字架」の象徴にもなります。

もしくは「菓」は「生命の樹」の象徴で「永遠の生命」の象徴ともみれます。

ここから「御菓子」とは、「永遠の命(菓)をもつ御神(御)・イエス・キリスト(子)」を象徴しているように感じました。

「おやつ」は午後3時に

「御菓子」=「イエス・キリスト」・・・!?

その御菓子をいただくとは、僕たちも、やがては死と復活にあずかり、永遠の生命をいただくことを示しているのかもしれません。

妄想も甚だしいと書いていて自分でも思います。すみません。(;’∀’)

さらにいえば、午後三時頃に食べるものを「おやつ」と言いますが、ウィキペディアには「おやつとする食品は、菓子、果物など様々である。」と言われています。

「おやつ」が菓子、果物であれば、「菓子」に元々果物の意味がある以上は、意味的には近いものがあります。

この「おやつ」は「御八つ」であり午後2時から午後4時の時間帯のことを言うそうです。

「八」が神の象徴であることを思えば「御八つ」も何か意味深ですが、少し気になったのが、おやつ(御八つ)、(御菓子)は、だいたい午後三時にいただくというのがあります。

午後三時・・・というので少し気になりました。

それは、御子イエス・キリストが十字架上で死を迎える時間だからです。

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さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。
(中略)
しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。

そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。
(マルコによる福音書第27章45節~52節)
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御菓子とイエス・キリストの関わり(?)とお八つ、御菓子を午後三時にいただくということ。

イエス・キリストの十字架の死と3日後の復活。

ちなみに、この時、昼の12時ごろから午後3時ごろまでの3時間の暗闇も、死から復活までの3日間を象徴的に示していると思われますが、この暗闇は、特殊な天体現象が関わっていたようです。

ちょっと話がそれてしまいましたが、生命の樹における「菓」という字を見てきましたが、もうひとつ、ここから関連してエデンの園にまつわる、ある漢字が気になりました。

次回触れたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

日野

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