究極のイヤシロチで出来た「花粉症」の特効薬!?と黄金の真名之壺の中身を見ようとした「天皇」

究極のイヤシロチで出来た「花粉症」の特効薬!?と黄金の真名之壺の中身を見ようとした「天皇」

いつもありがとうございます!
日野です。

今日は深夜の配信となりすみません。

究極のイヤシロチでつくられたカリカセラピですが、イヤシロチでつくられたものは、本当に凄い力をもっている・・・ということを実証している商品だと思います。

特徴を簡潔に記しますと・・・
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青々としたパパイアに秘められた驚きの生命力。

みずみずしい緑色が目にまぶしい完熟前の青いパパイア。

成長期の栄養がみなぎっていることから、なんとマヤ文明の時代より、メディカルフルーツとして大切にされてきました。

なかでも、フィリピンの島の原生林に自生する野生の青パパイアには、ひときわ旺盛な生命力が備わっています。

その貴重な青パパイアのすばらしいパワーを、まるごと生かしたのが「カリカセラピSAIDO-PS501」なのです。

カリカセラピはパパイアの未熟果の中でもエネルギーの強い果実を厳選し、果皮・種子・果肉からの果汁を丁寧に取り出し、酵素、乳酸菌などを加え、発酵・熟成・自然乾燥させています。

皮も種も丸ごと使ってじっくり発酵・熟成させます。

野菜や果物の栄養成分は果肉はもちろん、皮や種にも豊富なことをご存じですか。

だから「カリカセラピSAIDO-PS501」は、皮付き種つきのまま丸ごと使います。

収穫した青パパイアは新鮮なうちに現地の工場で一次発酵。

さらに日本国内で、1年以上の歳月をかけてじっくりと発酵・熟成させていくのです。

時間をかけて発酵・熟成させるほどに、ぎゅっと凝縮される青パパイアのエネルギー。現代人に必要なものがきっとここにあります。

多くのご愛用者様に長年愛されています。

「カリカセラピ-PS501」は発酵によって生まれた、さまざまな100種類以上もの天然成分が現代人の健康をサポートします。

甘くて美味しく赤ちゃんからご年配の方まで、いつでもどこでもとっさのときでも、お手軽にお召し上がりいただけます。
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このように、青パパイヤの栄養をすべて丸ごと凝縮していただけるのが、カリカセラピになります。

全く関係ないのですが、昔観た映画、『青いパパイヤの香り』は、個人的にはかなりはまった好きな映画です。(‘◇’)ゞ

究極のイヤシロチで出来た「花粉症」の特効薬!?

今日は店のオーガニッククラブで、宮古島というこれまたイヤシロチでつくられた、非常に素晴らしい生命力をもつハーブ「ビデンス・ピローサ」のメーカー様である、武蔵野免疫研究所さんに来ていただきました。

また改めてご紹介できればと思いますが、船井幸雄先生も愛した、宮古島というイヤシロチでつくられた、ビデンス・ピローサという生命力の高いハーブ。

このハーブには炎症を抑える作用があり、花粉症でお悩みの方には、特に喜んでいただけるものになると感じました。

実際にはそれ以外にも多方面にわたって研究がされ、臨床試験などもされていますが、素晴らしい商品のひとつだと確信を抱きました。

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●宮古ビデンスピローサ茶(3g×30包)
http://treeoflife.shop-pro.jp/?pid=137985709
●機能性表示食品 宮古BP(180粒)
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●機能性表示食品 宮古BPドリンク10本入
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黄金の真名之壺の中身を見ようとした「天皇」

ここからマニアックな話題になりますが・・・

先日は、籠神社と真名井神社について触れましたが、籠神社のご神宝のひとつに「壺」があり、それは奥宮の真名井神社の「真名」とあるように「マナの壺」がありました。

古代イスラエルの三種の神器のひとつ「マナの壺」が、日本に伝わっているとなるとこれは大変なことになります。

そもそも、マナの壺とは何なのか・・・?ということですが、それは聖書をみれば分かります。

旧約聖書の時代、古代エジプトでは奴隷として使役されていたイスラエル人を救ったのは、神の啓示を受けていた預言者モーセでした。

モーセは、イスラエル人を引き連れてエジプトを脱出します。

それから約40年の間、砂漠の放浪生活のなか、絶対神ヤハウェの命によって、イスラエル人の食料となった奇跡の食べ物があります。

その奇跡の食べ物を「マナ」といいます・・・!!

「マナ」を入れた黄金の壺を「マナの壺」といいます。

以下、マナについての記述を旧約聖書から見てみます。

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夕方になると、うずらが飛んで来て、宿営を覆い、朝には宿営の周りに露が降りた。

この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが、大地の霜のように薄く残っていた。

イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った。

彼らはそれが何であるか知らなかったからである。

モーセは彼らに言った。

「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。」

(旧約聖書「出エジプト記」第16章13節~15節)
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このように主が与えた奇跡の食物を「マナ」といいます。

不思議なことに、日本人は赤ちゃんがご飯のことを「まんま」といいます。

「まんま」は「マンナ」・・・「マナ」にも通じる言葉に思われます。

これは偶然でしょうか・・・?

また料理の食材を切る板を「まな板」と言います。

なぜ日本では、食物を切ったりする板を「まな板」と言うのでしょうか・・・?

考えてみたら不思議です。

通常は以下のような意味があるといいます。
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まな板の「まな」は魚の「真魚」のことで、元々は魚を切る時に使う板をさした。

古くは、魚も野菜も食材は「な」と呼ばれていたため、それを区別するために接頭語「真」が付けられたのが「真魚」である。
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なるほど・・・。そのようにみれば、確かにそうかもしれません。

しかし、非常に素直に見れば、「マナ」という食物を載せる「板」とみれば、「マナ板」の「マナ」というのは、まさに旧約聖書の神が与えた食物「マナ」から来ているとみるのも、ごく自然なような気がします。

しかし、「まな」は「真魚」だというのも興味深いものがあります。

弘法大師、空海の俗名は「佐伯真魚(さえきまお)」と言いました。

空海の俗名「真魚」は「まお」と読みますが「真魚」は「まな」とも読み、それが「マナ」「真名」にも繋がるとすれば、空海もやはり只者ではないということなのかもしれません。

話がそれましたが、聖書から「マナ」についてもう少し見てみます。

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イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それは、コエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした。

モーセは言った。「主が命じられたことは次のことである。『その中から正味一オメルを量り、代々にわたって蓄えよ。わたしがあなたたちをエジプトの国から導き出したとき、荒れ野で食べさせたパンを彼らが見ることができるためである。』」

モーセがアロンに、「壷を用意し、その中に正味一オメルのマナを入れ、それを主の御前に置き、代々にわたって蓄えておきなさい」と言うと、アロンは、主がモーセに命じられたとおり、それを掟の箱の前に置いて蓄えた。

イスラエルの人々は、人の住んでいる土地に着くまで四十年にわたってこのマナを食べた。

すなわち、カナン地方の境に到着するまで彼らはこのマナを食べた。

(旧約聖書「出エジプト記」第16章31節~35節)
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このように、「マナ」というのは旧約聖書の民にとっては、神から与えられた奇跡の食物であったのです。

籠神社では、非常に興味深い儀式が代々伝わってきたといいます。

それは・・・

宮司が新しく襲名をする際に、黄金でできた「真名之壺」を神殿から出してきて、襲名の杯に金粉を削って入れて飲む・・・と言う儀式だといいます。

黄金でできた「真名之壺」・・・!!

これなど、まさに黄金の真名ノ壺ですから、聖書に記されている黄金のマナの壺を彷彿とさせます。

というか、常識にとらわれない目で見れば、どう見ても両者は同一の神宝です。

下記が古代イスラエル三種の神器と契約の聖櫃アークについて、記されている記述ですが、マナの壺とは「マンナの入っている金の壺」になります。
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そこには金の香壇と、すっかり金で覆われた契約の箱とがあって、この中には、マンナの入っている金の壷、芽を出したアロンの杖、契約の石板があり、また、箱の上では、栄光の姿のケルビムが償いの座を覆っていました。

(新約聖書「ヘブライ人への手紙」第9章4節~5節)
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僕たちは知らず知らずのうちに預言者の名を呼んでいる

また、『日本書紀通釈』という古文献がありますが、これは『日本書紀』について書かれたものだといいます。

そのなかで第21代雄略天皇について興味深い箇所があるのです。
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「天下に朕が開きて見られざるのなしと宣(のたま)いて、この黄金のつるべ、すなわち甕の口を開かせ給いてたるに、中より白い煙が出でたるより、畏(かしこ)みてこれをもとのごとく密閉せしめたり」
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この雄略天皇が開けてみようとした黄金のつるべ、甕(壺)こそが、黄金のマナの壺ではないのか・・・と言われています。

さらに白い煙が出てきて恐れ多くなり密封した・・・というくだりなどは、まるで浦島太郎のもらってきた玉手箱を思い起こさせます。

籠神社は「籠宮」と称されたと言われますが、「籠宮」から「龍宮」を想起させ龍宮伝説に繋がっていくのと同時に、「籠宮」は「籠る(こもる)」と読ませることから、「籠宮」=「このみや」と読み、さらに「壺」も「コ」と読ませることから、「籠宮」=「このみや」=「壺宮」とも繋がってきます。

「籠宮」=「コノミヤ」=「壺宮」となり「真名井」=「真名・井」=「マナ・井(水)」となって、「壺」と「マナ」が浮かび上がり、籠神社と奥宮の真名井神社の両方の名称から、この地において「黄金のマナ(真名)の壺」を所有していたことを、示唆していたのかもしれません。

籠神社・眞名井神社のある地を古来から「よさのみや」と称しますが、「与佐宮」「吉佐宮」「与謝宮」などと書くそうです。

ずばり、与謝宮の「与謝」とは「ヨサ」「ヨシャ」・・・「ヨシュア」・・・!!となり、モーセの後のイスラエル十二支族を率いたヨシュア(与謝)のことを称しているとされます。

ちなみに、勝利のよっしゃー!!という言葉は、このヨシュアから来ている可能性が指摘されています。

モーセの後を継いだヨシュアは約束の地カナンに、イスラエル十二支族を導いた偉大な人物という意味もあって、「よっしゃー!!」という言葉に繋がっているのかもしれません。

僕たちは知らず知らずのうちに、ヨシュアの預言者の名を呼んでいることに気づくことなく、そうしているのかもしれません。

「八尺瓊勾玉」の正体

話を戻しますと、実際に、古来より、代々天皇家に伝わっている「黄金の壺」があったといいます。

それを一時期、籠神社が神宝として保管していた可能性が高いのです。

今は別の場所に強制的に移されたと言われていますが・・・。

では、どこに移されたのか・・・?

籠神社は「元伊勢」と称されますから元伊勢神宮でもあり、外宮と内宮の両方がかつてあったのです。

となると、行先は限定されます。

そう・・・伊勢神宮・・・!!

伊勢神宮内宮には、八咫鏡があると言われますから、行先は、伊勢神宮「外宮」になります。

伊勢神宮外宮には「八尺瓊勾玉」があると言われていますが、その正体こそ「マナの壺」になるのです。

象徴を何重にも込められる象徴に満ちた国

日本は象徴に満ちた国です。

象徴によって本質や本当の姿を隠すのですが、その隠したものはある法則によって読み解いていくと、本当の姿を現すようになっています。

つまり数千年前から、日本という国は壮大な国仕掛けが、成されてきた国だということになります。

「国」が、「□」+「玉」から成るように、この国自体に、壮大な「玉」という優れて美しい立派な「玉」が封印されているのです。

さらに「玉」とは「三」という数字が隠れているように、「三」=「三神」の象徴でもある三種の神器を示唆しているのかもしれません。

日本という国に隠された「玉」とは「三種の神器」でもあり、そして「□」は囲まれた「箱」をも象徴することを思えば、三種の神器(玉)を包み込む「□」=「箱」があり、この「箱」こそが、玉手箱の正体と言えるのかもしれません・・・。

そして「三種の神器(玉)」や「□」=「箱」こそが、日本という「国」に秘められているのかもしれません。

このように「国」という漢字ひとつとっても、妄想が際限なく広がるような・・・(‘◇’)ゞ象徴を何重にも込められる象徴に満ちた国なのです。

日本は本当に底知れない国です。

僕たちが、この象徴に満ちた国に生まれ落ちたということは、偶然ではないように思いますし、もっと自国の奥深さに、自信をもってもいいのではないか・・・ということを時に思います。

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

日野

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